頭が古いのか [自分のこと]
写真はありません。あしからず。
タイトルの「頭が古いのか」でありますが、最近の流行りものに全くついていけません(笑)
ついていけないというよりも必要性を全く感じないと言ったほうが正しい。
まず、ツイッター。
登録しています。
過去に一度登録して(日本語のマニュアルがまだ不完全だった頃)、面白さがわからずに登録解除をしました。その後、友人が「ツイッター、面白いから!」と熱弁をふるうので再度登録しましたが、全然面白くありません。
有効な情報を得ることもなく…。
つまりは、自分で情報源を探しに行かなくてはいけないのでしょうが、そんなことをするのが面倒くさい(笑)
情報源が個人だったり、企業だったりするわけだけど、個人に関して言えば興味のある人がほとんどいない。つぶやきを聞きたい(読みたい)人がほとんどいないのだ。おそらくどの情報であっても、基本的には信用していないということもあると思う。
とりあえず、フォローしている人は小野洋子さんと、宇宙飛行士の野口さんと、ピストン西沢と、朝日新聞と、officecue。あ、あとジャネット・ジャクソンも^^;
ま~興味ある人がツイッターをやっていないということもあろうが、しかし、しばしば見に行く(読みに行く)時間はない。というか、そんなに繋がっていたくない。
そんなにみんな繋がっていたいのか~~。
地球の端っこで叫んでみる。
てなわけで、フォローしているリアルな友人も、フォローされているリアルな友人もいません。
次、ipad。
電子書籍と言ったらいいのかな。たぶん買わない。
ipadではないとどうしても読めないというものが出てきたときに、おそらく買うことになると思う。
iphoneが大きくなったようなものなんだろうなということはわかるけど、小さいノートPCが流行ったって、iphoneが流行ったって、携帯電話でネット検索ができるようなったからと言って、結局デスクトップのPCが一番使いやすいと思っている人間だし。
本は寝転んで折り曲げて読めるようなものじゃないと困る。これからの生活習慣を変えようったって無理だなと思う。
移動の多いビジネスマンとか、OLさんとかにはipadはいいのかもしれないけど。
印刷された文字や絵(イラスト)、紙の加工をそのままモニターで再現することはできないだろうし…。
型押しされた表紙の本は再現できないだろうしなあ。触感というのを楽しむことができなくなるのは残念。
欧米のような質の悪い紙でできている書籍と違って、日本の書籍は質が高いから。装丁の楽しみがなくなるような電子書籍ってどうなのかなと思うだけであります。
文化の違いもあると思うけど、、、。私自身は液晶画面の粒子の動きを凝視するのは、無理な話だよね。。。っていうことが大きい。
世の中がすべて電子書籍となってしまうのならしょうがないけど、みんながわいわい騒ぐほど、興味もないし、必要性も感じていない。
だいたい、音楽ソフトも相変わらずCDを買い続けている。この後もダウンロードはしないと思う。一曲一曲欲しい音楽なんてないし、好きなアーティストだったらアルバムCDを買って、アルバムを1つの作品として楽しみたいもの。
これも生活習慣なのかもしれないけれど、レコードの時代はA面からB面と順番に聴いたもの。その順番も、アーティストたちが考えて、1つの作品として作り出したのだから、そのように聴くものだと思っていた。
いまもアルバムCDで曲順を考えるとか、その作り方に変化はないだろうし、そうして作り出された音楽を「ちゃんと」私は聴きたいのだ。
ダウンロードのようなつまみ食いは性に合わない。
インターネットというのはコンテンツに関して言えば、アマチュアリズムで支えられてきたシステムだと思っている。プロフェッショナルでは、ほとんどないのだ。
なのでプロフェッショナルをないがしろにしてきたシステムだと私は理解している。
でもね、アマチュアの面白さっていうのは限界がある。ほぼ、一発芸と言っていいと思う。
こうして私自身もブログを書き続けているけど、すでに一部の繋がっている人たちとのコミュニケーションしかなく、だからといってこれ以上もこれ以下も私は望んでいない。
mixiもそうだし。
ツイッターなんて、なんのためにあるのかさっぱりわからないし。
アマチュアというのは情報にしてもなんにしても、一部の人たちとの共有しかできないものと思う。
それを理解しないと……。それで納得しないといけない。勘違いは痛い目に遭うだけだ。
グーグルが書籍のデジタル化を行おうとして失敗したのもそこにあると思う。
グーグルって結局、アマチュアから始まっているんだよなと思った。
もしもアマチュアリズムがすべてとなったとき、このいまの世の中の経済システム(資本主義)っていうのは、全面的に変化しなくてはいけないっていうことなんだよね。
それがわかっているのかいないのか。
トータルで見ていくと、すごい話になっていくのでありますが、そこまで大きな話にしていくと、やっぱり面倒くさいのでこのあたりで終わります。
おしまい。
タイトルの「頭が古いのか」でありますが、最近の流行りものに全くついていけません(笑)
ついていけないというよりも必要性を全く感じないと言ったほうが正しい。
まず、ツイッター。
登録しています。
過去に一度登録して(日本語のマニュアルがまだ不完全だった頃)、面白さがわからずに登録解除をしました。その後、友人が「ツイッター、面白いから!」と熱弁をふるうので再度登録しましたが、全然面白くありません。
有効な情報を得ることもなく…。
つまりは、自分で情報源を探しに行かなくてはいけないのでしょうが、そんなことをするのが面倒くさい(笑)
情報源が個人だったり、企業だったりするわけだけど、個人に関して言えば興味のある人がほとんどいない。つぶやきを聞きたい(読みたい)人がほとんどいないのだ。おそらくどの情報であっても、基本的には信用していないということもあると思う。
とりあえず、フォローしている人は小野洋子さんと、宇宙飛行士の野口さんと、ピストン西沢と、朝日新聞と、officecue。あ、あとジャネット・ジャクソンも^^;
ま~興味ある人がツイッターをやっていないということもあろうが、しかし、しばしば見に行く(読みに行く)時間はない。というか、そんなに繋がっていたくない。
そんなにみんな繋がっていたいのか~~。
地球の端っこで叫んでみる。
てなわけで、フォローしているリアルな友人も、フォローされているリアルな友人もいません。
次、ipad。
電子書籍と言ったらいいのかな。たぶん買わない。
ipadではないとどうしても読めないというものが出てきたときに、おそらく買うことになると思う。
iphoneが大きくなったようなものなんだろうなということはわかるけど、小さいノートPCが流行ったって、iphoneが流行ったって、携帯電話でネット検索ができるようなったからと言って、結局デスクトップのPCが一番使いやすいと思っている人間だし。
本は寝転んで折り曲げて読めるようなものじゃないと困る。これからの生活習慣を変えようったって無理だなと思う。
移動の多いビジネスマンとか、OLさんとかにはipadはいいのかもしれないけど。
印刷された文字や絵(イラスト)、紙の加工をそのままモニターで再現することはできないだろうし…。
型押しされた表紙の本は再現できないだろうしなあ。触感というのを楽しむことができなくなるのは残念。
欧米のような質の悪い紙でできている書籍と違って、日本の書籍は質が高いから。装丁の楽しみがなくなるような電子書籍ってどうなのかなと思うだけであります。
文化の違いもあると思うけど、、、。私自身は液晶画面の粒子の動きを凝視するのは、無理な話だよね。。。っていうことが大きい。
世の中がすべて電子書籍となってしまうのならしょうがないけど、みんながわいわい騒ぐほど、興味もないし、必要性も感じていない。
だいたい、音楽ソフトも相変わらずCDを買い続けている。この後もダウンロードはしないと思う。一曲一曲欲しい音楽なんてないし、好きなアーティストだったらアルバムCDを買って、アルバムを1つの作品として楽しみたいもの。
これも生活習慣なのかもしれないけれど、レコードの時代はA面からB面と順番に聴いたもの。その順番も、アーティストたちが考えて、1つの作品として作り出したのだから、そのように聴くものだと思っていた。
いまもアルバムCDで曲順を考えるとか、その作り方に変化はないだろうし、そうして作り出された音楽を「ちゃんと」私は聴きたいのだ。
ダウンロードのようなつまみ食いは性に合わない。
インターネットというのはコンテンツに関して言えば、アマチュアリズムで支えられてきたシステムだと思っている。プロフェッショナルでは、ほとんどないのだ。
なのでプロフェッショナルをないがしろにしてきたシステムだと私は理解している。
でもね、アマチュアの面白さっていうのは限界がある。ほぼ、一発芸と言っていいと思う。
こうして私自身もブログを書き続けているけど、すでに一部の繋がっている人たちとのコミュニケーションしかなく、だからといってこれ以上もこれ以下も私は望んでいない。
mixiもそうだし。
ツイッターなんて、なんのためにあるのかさっぱりわからないし。
アマチュアというのは情報にしてもなんにしても、一部の人たちとの共有しかできないものと思う。
それを理解しないと……。それで納得しないといけない。勘違いは痛い目に遭うだけだ。
グーグルが書籍のデジタル化を行おうとして失敗したのもそこにあると思う。
グーグルって結局、アマチュアから始まっているんだよなと思った。
もしもアマチュアリズムがすべてとなったとき、このいまの世の中の経済システム(資本主義)っていうのは、全面的に変化しなくてはいけないっていうことなんだよね。
それがわかっているのかいないのか。
トータルで見ていくと、すごい話になっていくのでありますが、そこまで大きな話にしていくと、やっぱり面倒くさいのでこのあたりで終わります。
おしまい。
いえいえマダム、twitterに登録してる段階でついて行ってますって〜!
自分、聞いただけで無理!拒否!ですもん。
ほぼ引きこもりなので携帯さえ使えてないし。
そういう意味ではipadは将来的には欲しいかも、キーボード画面でメールが打てるし(そこ?)^^;書籍(文学)は別として新聞、雑誌等はこれから動画も混ざって印刷では出来ない作りになっていくのだな〜と思っていますよ。(雑誌は置場に困ってるので増えなくて助かる)
しかしベースが古い人間なので選択肢が多すぎてめんどくさい世の中だなぁーと最近はすぐに頭の中がフリーズです。
by nakasama (2010-05-28 13:59)
*nakasamaさま*
いやいや、ツイッターは登録したものの、やっぱり放置でございます(笑)
面白さがわからないところが老化現象なのかと。。。どうなんでしょうね。
ipadは利用する人によって利点があるなあ、と思っています。
そういえば、小さい子どもとか障害を持った方だとか、使い方によっては
便利だろうなと。
選択肢が広がるのはいいんですけどね…確かに面倒くさいですよね。
一層めまぐるしく感じるっていうのが、ついていけてない古い頭ってこと
なんだろうなああ^^;
by toro (2010-05-30 09:46)
そうですね。ツイッターは面白い部分と、全く腹立たしい部分とが混在していますね。移動を続けている友人関係とのコミュニケーションには向いていると思います。しかし、コンサルタントとか、士業とか、マルチ商法とかをしている全く知らない人が粘着してくる。これは嫌です。iPadは個人的には大好きです。新しもの好きですし…。(笑)購入してもう使っていますが、画面サイズ、デザイン、重さも含めた携帯性など、インターフェースの究極、といった感がありますね。こんなことを書くとtoroさんに怒られてしまうかもわかりませんが、手にされると気に入ってもらえるんじゃないかな、って気がします。あ、ちなみに私はmixiは大嫌いです。
by もりけん (2010-05-31 01:22)
*もりけんさま*
なんと言うか…面倒くさいというのが先に立っていまして(笑)
新し物好きではあったのですが、飛びつくほど欲しいと思わないですねえ。
必要性を感じるようになったら、ipadも使うと思うのですけれど……。
出歩くことがあまりないので、携帯することもないし、ipodですら最近は
携帯して聴くこともなくなってきてしまって…。とにかく面倒くさいです^^;
情報過多でうんざりという感覚が勝っているのだと思います。
これはやっぱり頭が古くなっている証拠かと…。
by toro (2010-05-31 08:34)
やだ~~~っ! 私なんかとっくについて行けてないです。
TVCM見ても・・・「今の何のコマーシャル?」 「さぁ~?」
という夫婦の会話増えてます。
iPadって、電話もできるんだ~とか思ってたし・・・
アナログ時代が・・・いいやね~(^w^)
by こぎん (2010-06-01 07:17)
*こぎんさま*
ああ・・・TVCMを見て、「いまの誰?」もありますね~^^;
PCが普及しだした頃、わりとすんなり受け入れられましたが、
mixiあたりから、怪しいです(笑) ipadも受け入れるのに時間が
かかりそうで…。果たして必要なのかという話もあるし。
いずれIT難民の仲間入りをしそうですよ~。
by toro (2010-06-02 07:47)