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なんだろうね、これは。 [プンプン]

発言しにくいと思っている人は多いと思う。ウヨクとも思われたくないし、サヨクとも思われたくないと、思っている人も多いだろう。

訳知りな感じで理解したふりをしている人もいるように思う。

しかし「我々は、こう解釈したのだから、これを実行する」という発言へ誰がどのように信用するのか。

それを教えてほしいと思う。

「私たちが選んだ政治家だから」? いやいや違うでしょう。全く信任を得ているとは言い難い状況で選ばれている政治家の人々です。

ましてや、勉強ができて、頭がよろしい官僚たちが後ろに控えている。この官僚たちは誰が選んだのか?

何をかいわんや。

もうねえ、なんていうかねえ、書き続けますよ、私は。


安倍さんの記者会見冒頭発言を、突っ込んでみる。

【安倍総理冒頭発言】
「いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜いていく。内閣総理大臣である私にはその大きな責任があります。その覚悟の下、本日、新しい安全保障法制の整備のための基本方針を閣議決定いたしました。自民党、公明党の連立与党が濃密な協議を積み重ねてきた結果です。協議に携わった全ての方々の高い使命感と責任感に心から敬意を表する次第であります。」

↑ 「敬意を表する」って、自分を含めているのだから、ものすごい自画自賛。このあとを読み進めると、この人のヒロイック加減が気持ち悪くなる。自己陶酔?

「集団的自衛権が現行憲法の下で認められるのか。そうした抽象的、観念的な議論ではありません。現実に起こり得る事態において国民の命と平和な暮らしを守るため、現行憲法の下で何をなすべきかという議論であります。
 例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を同盟国であり、能力を有する米国が救助を輸送しているとき、日本近海において攻撃を受けるかもしれない。我が国自身への攻撃ではありません。しかし、それでも日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守る。それをできるようにするのが今回の閣議決定です。」

↑イラン・イラク戦争のとき、アメリカ軍は救助輸送をしてくれましたか? してくれていないではないですか。いやそれより、この一文は理解できないんですけど。だって、日本人が日本人を救助すればいいことなのに、なんでアメリカ軍が救助することが前提なんですか?

「人々の幸せを願って作られた日本国憲法がこうしたときに国民の命を守る責任を放棄せよといっているとは私にはどうしても思えません。この思いを与党の皆さんと共有し、決定いたしました。」

↑ だから、国民の命を守るのは日本人でいいではないですか。なぜアメリカが救助することが前提になっているのか?

「ただし、仮にそうした行動をとる場合であっても、それは他に手段がないときに限られ、かつ必要最小限度でなければなりません。
 現行の憲法解釈の基本的考え方は、今回の閣議決定においても何ら変わることはありません。海外派兵は一般に許されないという従来からの原則も全く変わりません。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してありません。外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるという誤解があります。しかし、そのようなこともあり得ない。」

↑ 変わらないという根拠は? それをどこで担保するのですか? 「一般に許されない」という言い方も曖昧。「解釈」しだいで何にでもなると思っているのではないか。

「日本国憲法が許すのは、あくまで我が国の存立を全うし、国民を守るための自衛の措置だけです。外国の防衛それ自体を目的とする武力行使は今後とも行いません。むしろ、万全の備えをすること自体が日本に戦争を仕掛けようとする企みをくじく大きな力を持っている。これが抑止力です。」

↑ 意味がわからない。

「今回の閣議決定によって日本が戦争に巻き込まれるおそれは一層なくなっていく。そう考えています。日本が再び戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない。いま一度そのことをはっきりと申し上げたいと思います。」

↑ 一層、巻き込まれるおそれがある。だいたい「アメリカの船を守る」ということ自体が巻き込まれに行くということ。

「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。その痛切な反省の下に我が国は戦後70年近く一貫して平和国家としての道を歩んできました。
 しかしそれは、平和国家という言葉を唱えるだけで実践したものではありません。自衛隊の創設、日米安保条約の改定、そして国連PKOへの参加、国際社会の変化と向き合い、果敢に行動してきた先人たちの努力の結果である。私はそう考えます。」

↑ 十分結果を残しているのに、なぜ変えようとするのか。

「憲法制定当初、我が国は自衛権の発動としての戦争も放棄したという議論がありました。しかし、吉田総理は、東西冷戦が激しさを増すと、自らの手で自衛隊を創設しました。その後の自衛隊が国民の命と暮らしを守るため、いかに大きな役割を果たしてきたかは言うまでもありません。
 1960年には日米安全保障条約を改定しました。当時、戦争に巻き込まれるという批判が随分ありました。正に批判の中心はその論点であったと言ってもいいでしょう。強化された日米同盟は抑止力として長年にわたって日本とこの地域の平和に大きく貢献してきました。
 冷戦が終結し、地域紛争が多発する中、国連PKOへの自衛隊参加に道を開きました。当時も戦争への道だと批判されました。しかし、カンボジアで、モザンビークで、そして南スーダンで、自衛隊の活動は世界の平和に大きく貢献し、感謝され、高く評価されています。
 これまでも、私たち日本人は時代の変化に対応しながら、憲法が掲げる平和主義の理念の下で最善を尽くし、外交、安全保障政策の見直しを行ってまいりました。決断には批判が伴います。しかし、批判をおそれず、私たちの平和への願いを責任ある行動へと移してきたことが、平和国家日本を創り上げてきた。そのことは間違いありません。
 平和国家としての日本の歩みはこれからも決して変わることはありません。むしろ、その歩みをさらに力強いものとする。そのための決断こそが今回の閣議決定であります。」

↑ いやいや、だから必要はないではないですか。

「日本を取り巻く世界情勢は一層厳しさを増しています。あらゆる事態を想定して、国民の命と平和な暮らしを守るため、切れ目のない安全保障法制を整備する必要があります。もとよりそうした事態が起きないことが最善であることは言うまでもありません。だからこそ、世界の平和と安定のため、日本はこれまで以上に貢献していきます。」

↑ どんな事態を想定しているのか?

「さらに、いかなる紛争も力ではなく、国際法に基づき外交的に解決すべきである。私は法の支配の重要性を国際社会に対して繰り返し訴えてきました。」

↑ その通りです。

「その上での万が一の備えです。そして、この備えこそが万が一を起こさないようにする大きな力になると考えます。」

↑ そこでどうして「備え」が出てくるのか。「いかなる紛争も力ではなく」と言っていて、「大きな力になる」と言うのは、「力」が「備え」になると言っているようなもの。大きな矛盾。

「今回の閣議決定を踏まえ、関連法案の作成チームを立ち上げ、国民の命と平和な暮らしを守るため、直ちに作業を開始したいと考えています。十分な検討を行い、準備ができ次第、国会に法案を提出し、御審議いただきたいと考えています。
 私たちの平和は人から与えられるものではない。私たち自身で築き上げるほかに道はありません。私は、今後とも丁寧に説明を行いながら、国民の皆様の理解を得る努力を続けてまいります。そして、国民の皆様とともに前に進んでいきたいと考えています。
 私からは以上です。」

↑ いままで築き上げてきた平和を否定するような発言。アメリカが作った平和憲法かもしれないけれど、そのアメリカを守るために集団的自衛権を行使するって、どれだけアメリカが好きなのか。



いやまあ、私の偏見もありますが、全く明快ではない冒頭発言で、モヤモヤだけが残る。スッキリしない。

理由や根拠の曖昧な点、ヒロイックに感じられる文言、これで国民を騙せると思っているのであれば、国民をバカにしています。薄っぺらく、陳腐さすら感じます。





神奈川新聞で、「集団的自衛権を考える」という記事が連載されている。

これが1回目の記事↓
http://www.kanaloco.jp/article/63143/cms_id/62934

つい最近の、22、23回目で安倍首相の発言を検証していて、こちらが非常に参考になりました。
22回目 http://www.kanaloco.jp/article/74005/cms_id/89627
23回目 http://www.kanaloco.jp/article/74054/cms_id/89783

神奈川県は、沖縄に次いで米軍施設の多い県です。住民のことを考えれば、真剣になるのは当然。

大手新聞が自粛しているように見えることも、どんどん報道してほしい。

神奈川新聞、頑張れ!




コメントを書きにくいことを書いていると思います。

今回もコメント欄を表示しないことにします。




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