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巣篭り [芸術・文化]

ご無沙汰をしております。

1カ月以上放置していたら、広告が掲載されるようになってしまって、「あいや~」と思っていましたが、なかなか重い腰をあげられず。

PCを起ち上げるのもなんだか憂鬱な日々でして。(原因はわかっているんですよ。Windows10に無理やりアップデートされてしまうというのを聞いて、その作業を行わなければならんのかっ! と考えたら、本当に憂鬱で憂鬱で。使い慣れているものを変えるということが、年齢を重ねるごとに面倒になっていくという、それです、はい。で結局アップデートをまだしていないんですけどね。自動更新を阻止しております^^;)

新しいこと、違うことを始めるのに、大きな勇気が必要になってきたという情けなさ。

どうしたもんでしょうね。

そんなわけで、巣篭りならぬ、放置プレイが続き、いまに至ります。


とはいえ外出はしていました。写真が少したまっているのですが、これだけはまず……。

今年2月14日まで行われていた、東京都現代美術館での「オノ・ヨーコ展 YOKO ONO:FROM MY WINDOW」。

休日を利用して、夫T君が展覧会に行くついでに「深川七福神めぐり」もしたいと言い出したので、それに合わせて行ってきました。

本当は一人で行こうと思っていたんですけどね。なぜかというとT君はオノ・ヨーコさんが嫌いだから。

男性は嫌っている人が多いと思うのです。あのヨーコさんですからね。エキセントリックともいえるあの姿を見ると嫌な気分になるんだろうなと。

でも作品はとてもコンセプチュアルで、イマジネーション豊かだし、見ていて(読んでいて)面白い。若かりし頃、「グレープフルーツ」を見た(読んだ?)ときの感動たるや、凝り固まった思考が解き放たれるような感覚を覚えたものです。そのくらい私は影響を受けたのですが、男性であるT君にはなかなか理解されないというわけです。

なので、一人でゆっくりと行こうと思っていたのですが、まあいいや、T君も行く気になっているからせっかくだし、と思って。行ったのは1月17日でした。

清澄白河.jpg

清澄白河2.jpg

東京都現代美術館を訪れるのは初めてで、清澄白河駅を利用することも初めて。全く歩いたことがなかったところなので、七福神めぐりもしたことで、あの辺りの雰囲気をじっくりと味わうことができました。

ドリップコーヒーブームの火付け役「ブルーボトルコーヒー」の前を通ったり(←入ってない^^;)、ブリオッシュにジェラートを挟んで売っている「ブリジェラ」の前を通ったり(←食べてない^^;)、新しいお店がいろいろあって、面白いところでした。焙煎コーヒー屋さんがいくつかあって、その一つには入ってコーヒーをいただきましたが、そこも面白いお店でした。なんだろうなあ、この面白さは。清澄白河って、なにかそんな引力があるのか……と思って見たり。

そして七福神めぐりを終えて、ようやくオノ・ヨーコさん。

写真を撮ってもいいところで、パノラマ撮影です(クリックすると大きくなります)。
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清澄白河4.jpg

基本的に、ヨーコさんが使う言葉はポジティブなんですよ。深刻に受け止められそうな言葉も「ちょっと待って。視点を変えてみなさい。視線を動かしてみなさい」という意味を含めて読ませるのです。

「FROM MY WINDOW 」というタイトルに込められたものを考えると、「窓枠から見るものも、窓枠は同じだけど、見る人によって違うわよね」と言っているのだと思うのです。その上で、「深刻に受け止めることもできるけれど、そうではない見方もできるのよ」と言っているのだと。

これは初期の作品(ハプニング)からも感じられるもので、ジョンさんが作った「イマジン」もそこに影響されていると思っています。

「想像してみなさい」というわけです。

そんな一連の作品に触れていると、何だかやっぱり解き放たれる瞬間があって、「あ~頭を柔らかくしなくちゃいけないなあ」と思うのでありました。

エキセントリックにキーキー言っているようなお婆さまに見えるけれど、とってもやさしさに溢れていると、私は思っています。

「wish tree」。
清澄白河5.jpg

清澄白河6.jpg

ジョン・レノンの命日(現地時間では12月8日だけど)。祈る日にしましょうという、これもコンセプチュアル・アートの一つと言えます。

ジョン・レノンの名前は出さず、wish treeという名のもとに、下手な偶像崇拝にしないところもオノ・ヨーコさんらしいと思います。



ということで、久しぶりの更新はひとまず。



世界に平和を。lasting peace。


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LIVE! [芸術・文化]

誕生月間も終了しました。

その最後の記事です。誕生月間と言えど、最初と最後は月が違うんですけどね^^;

まずは10月19日。ホール&オーツのライヴに行ってきました。
ホール&オーツ.jpg

場所は武道館です。

最近とくに感じているのですが、ネットで見聞きできることが増えて、それもお安く利用ができ、気軽さが増している音楽などの文化もろもろ。果たしてこれでいいのかな? と感じることが多くなってきました。

「リア充」ではありませんが、リアルに勝るものはない。そう思うのです。

それも「観ておかなくちゃ」と思うような年齢(自分も対象者・物も)。いつか観られなくなる日が来るのではないかと不安も押し寄せます。

そういう気持ちを背景に、せっせと観たいと思ったものには足を運ぼう! と、この2年ほどの間に感じ、実践しているのでした。(たぶん50歳を超えたということがやっぱり大きいかも……)。

その一環です。ホール&オーツのライヴに行ってきましたよ。

1976年、77年に、もちろんラジオで出会ったホール&オーツですが、「リッチガール」を聞いたときの新鮮さが忘れられず、ちょうどいろいろなジャンルの音楽を聴いていた時期だとは思うのですが、ふっと新しい音が聞こえた! という新鮮なイメージが強く残っています。

自分の感受性も強かった年代ではありますが、この頃の記憶というのは大きくて、本もたくさん読んではいたけれど、音楽もたくさん聞いていました。そのなかから浮かび上がったホール&オーツなのでした。

リッキー・リー・ジョーンズもこの頃かな? 「Chuck E.'s In Love」を初めて聞いたときの感動とか、似てる(笑)

わりと最近のことで言えば、ジョン・レジェンドやノラ・ジョーンズが出てきた感じ……と言ってもわかりづらいですね……。

そういう印象を持っていたホール&オーツが久々に来るというので「行っておかなくちゃ」と思って、チケットを取って行ってきたのでした。

コアなファンではないので、回りのお姉さん方の熱気には少しやられてしまいましたが、ライヴで演奏した曲は全部知っているという快挙(!?)で、少し驚きました。実はレコードもCDも持っていなくて、大昔、カセットテープにラジオから録音した記憶があるくらい。ま~FM放送をずーっと流しているような家だったので、耳にずっと残っていたのかもしれませんが、しかし……。

きっとヒットした曲ばかりを演ってくれたのでしょうね。なので楽しいライヴでした。

残念だったのは、ライブの時間の短いこと。1時間半で終了でした。持っている曲は多いだろうに、ライヴでは演奏できないということなのかなと思いましたが、後半になるにつれ、ダリルの声がだんだん出てこなくなってきたので、これが理由かなと。お互い年齢を重ねています^^;

最近の「rich girl」



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そして次に行ったのは言わずと知れたクレイジーケンバンド。もう毎年恒例です。神奈川県民ホール。

ライヴの後半に空中に舞いあがるテープを拾ってきました。「もうすっかりあれなんだよね」。
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猫のtbちゃんの肩に掛けて写真を撮ろうとしましたが、嫌がられました。なので、星の王子様の蟒蛇のぬいぐるみと共に(tbちゃんの好きなぬいぐるみ)。

CKBのライヴは楽しいのですが、耳がおかしくなるくらいの音量になるときがあって、とくにベースの音がビンビン響いてほかの楽器の音が全く聞こえなくなるという現象が続いております。CKBの事務所に苦情を入れちゃおうかと思っているほどひどいときがあって、少々悩ましい問題が起きております。

今後、ライヴに行くかどうかというくらい。

たぶん私は行き続けると思うのですが、夫T君がそろそろ脱落しそうです。

どうなんだろうなあ、こういうのって。長年ファンを続けてきていることもあって、変化に付いていけないだけか。果たしてCKBのほうでも問題があるのか、そんなことを考えてしまうライヴでもありました。

剣さんのサービス精神は相変わらず旺盛なので、ありがたいことなのですけどね。

でもやっぱりいいよなあ。



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最後は昨日です(12月2日)。

世田谷パブリックシアターに「才原警部の終わらない明日」のマチネを観てきました。
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お芝居については、以前も書きましたが、何だかわからない前衛的なものや説教臭いものが好きではなく、あまり観に行くことをしていません。

しかし、「やっぱり観ておいたほうがいいよな」と思うようになってきました。T君はほとんど芝居を観ない人なので(友人が出るというのなら別ですが)、とっとと一人で行ったほうが早いし、チケットも取りやすいので一人で行っています。

基本的に一人での行動は全く平気なので無問題。

このお芝居は、堤真一さんが出ていること。そのほかの役者さんを見ると、小池栄子さん、勝地涼さん、鈴木浩介さん、志賀廣太郎さんなど、観て絶対に損はしないというような人ばかりで、それこそ観なくちゃ損損とばかりにチケットを取りました。

少々チケット争奪戦に出遅れてしまって、3階席という上のほうからの席でしたが、世田谷パブリックシアターのこじんまりとした芝居小屋的な作りに助けられました。よくないであろう席にも関わらず、よく見える。

それから作・演出が福田雄一さんというから、とりあえず面白いだろうと思って行ってきました。

そして感想。



面白かったです^^

こういうお芝居は、とにかく観ないことには始まりません。TVドラマや映画で表現できないものですからね。

生で演じている役者さんを観るというのは、やはり感激します。熱気の伝わり方が違う。

小池栄子さんなどは、ずーっと大きな声を張り上げて、ほかの役者さんたちのボケに突っ込んでいたので、大変だったろうなあというのが窺えました。もちろん座長の堤真一さんの役割も大きいわけで、そういうことが感じられる。

とにかく楽しい芝居でした。最後は役者さん全員で歌っちゃいましたから(笑)

こんなに豪華な役者陣で、こんなコメディをやっちゃっていいのかな、とも思いましたが、観ていれば、役者さんたち、演じている側の人たちのほうが楽しそうにしていることに気づきました。

実に楽しく演じている。こういうのは客席にも伝わってきます。小難しいことのないお芝居のよさだよね、と思いました。

そうそう堤真一さんのことですが、いつのころからか好きな役者さんで、出ているドラマはだいぶ観ています。三丁目の夕日の鈴木オート社長役も好きですし、最近は、バリ島で「兄貴」と言われている人の話を映画化した「神様はバリにいる」も、wowowで観てしまいました。はっちゃけてましたよ、この映画。


声も好きだなあ。

という、好きな役者さんであるから、目の前で演じている姿も見てみたい、ということで観劇に至ったのであります。

よかったです、はい。

まだまだ見たい役者さんもいるので、今後も頑張っていこうかと思っているところであります。






というわけで、誕生月間は終了。

お疲れ様でした~。


おしまい。
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展覧会と出張と。 [芸術・文化]

引き続き、誕生月間です。

昨年は、高松次郎さんや赤瀬川原平さんの展覧会、荒木経惟さんの写真展、忌野清志郎さん、ナンシー関さんの展覧会に行ってきましたが、今年は文学!

いやいや、そういえば、赤瀬川原平さん、常盤新平さんの町田文学館での展覧会にも行っていたか……。今年は展覧会に行く数が少ないです^^;

ということで、神奈川近代文学館で開催されている柳田國男展に行ってきました。

夫T君が招待券をもらってきてくれていたので、これ幸いと。

場所は、横浜の「港の見える丘公園」内です。
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朝ドラの「まれ」の舞台にもなりましたね。

これが横浜の港らしい風景。
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いい感じの日がさしていました。
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そして柳田國男さん。
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「遠野物語」の序文にある「平地人を戦慄せしめよ」という言葉から、展覧会では「日本人を戦慄せしめよ」という題名をつけたと主催者の言葉がありました。

確かに、「戦慄」というにふさわしいほど、遠野物語から最晩年に書かれた「海上の道」まで盛りだくさんの展示内容。これほどのものが遺されていたのかと圧倒されました。

柳田國男さんというと、真っ先に思い浮かぶのが「遠野物語」だと思います。実は、私もそのくらいしか知らないでこの展覧会に臨んでいたのでした。

ところが行ってみれば、いろんなことをなさっていた人で、農政官僚として働いていた時期があったり、歌人や詩人として学生時代は活躍していたりと、初めてそのことを知りました。

そして柳田姓も柳田家の養嗣子となったことからとか。もとは松岡國男さんといい、松岡家は貧しくも教育熱心な母親のお蔭で、五兄弟すべてが功績を残す人物となっているということでした。

遠野物語を書いたり、民俗学に傾倒していくきっかけとなったのは、13歳のころに見た一つの「絵馬」なのだそう。その絵馬も展示されていたのですが、「間引き絵馬」という飢饉のために間引き(嬰児殺し)が行われている絵が描からている絵馬で、これは大きなショックを受ける内容でした。

この絵馬を見て「なぜ?」と思ったのでしょうね。この年頃で見たということも大きいと思いますが、この時代背景を想像するだけでも、何かを駆り立てられるものがあったのでしょう。

その後、遠野物語など民俗学の没頭されたようですが、戦後は子どもたちの「教育」について、自らの成すべき課題に挙げられたということです。

解説文によると「普通教育の目的は、それまでのような国家教育では決してなく、「子供を人にするに在る」と述べ、これからの民主主義の世の中を正しい判断力を身につけて生きる能力を養うことが重要と考えていた」とあります。

「国語科、社会科教科書の監修に熱心に力を注いだが、いずれの教科においても、最終的には正しい選挙民を育てること、すなわち、人を選ぶことのできる能力を、等しく身につけられるようにすることを目標とした」のだそうです。

すばらしい。

「正しい選挙民を育てること」というくだりを読んだとき、これこそ民主主義に必要なことと、膝をポンとたたきました。

貧しい家に育ち、歌人や詩人となって多くの言葉を操り、そして農政を知り、民俗学を研究したことで、そこから得た必要なことを、次代に伝えるという仕事を自分の課題に挙げたという……。ものすごく真っ当な人物であったとわかりました。

すばらしい。

ちなみに、神奈川近代文学館でなぜこの展覧会が開催されたのかというと、「日本最初の村落調査に津久井の内郷村を選んだこと」「別荘が茅ヶ崎にあったこと」「永眠の地を川崎生田丘陵に選んだこと」などゆかりが深かったのだそう。

また、神奈川県内のあちこちに視察に訪れていて、1940年、41年には、上飯田、瀬谷、大和、深見を訪れていたのだそうです。近くだわ。

予備知識の少ない人間が行ったからこそよかったのかもしれません。遠野物語だけではない柳田國男さんを知った、有意義な展覧会でした。


それからもう一つ。

「大和市つる舞の里歴史資料館」へ行ってきました。
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T君の実家近くにあるのですが、前は通っても中に入ってみることは今までしていなかったので、今回が初めて。企画展「地形・地層・地震~大和周辺の大地の成り立ち~」に興味をもって行ってみたのでした。
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あら、いやだ、と思うほど、面白い企画展でした。近くでこんなことをやっていたとは……と思うような内容。

この辺りは遺跡が発見されたり、私が通った中学校近辺では発掘作業が行われていたりしたこともあったので、どんなものなのだろうかと興味があったのですが、こういう形で展示されたものを見ることができて楽しかったです。面白く見てきました。

展示の数はそう多くはないのですが、こういう企画展が開催されていることを知る機会も少ないので、もっと宣伝したらいいのにと思ってしまいました。

またもちなみにですが、神奈川県博物館協会加盟館園によると、95もの博物館や資料館などが神奈川県下にあるのですね。行ったことがないところがいっぱいあるなあ。


さて、横浜、港の見える丘公園を後にして、坂をぐんぐん下がって適当に歩いていたら、こんなところを発見。

本牧ガレージ。
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すいません_(._.)_ クレイジーケンバンドのファンではないとわからないネタでした^^;

さらに、山手隧道わきでこんな光景が。
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鳩が石垣にこびりつくように休んでいました。なんか妙。


おまけ。

また今年も恒例の大阪・神戸出張に行ってきましたが、写真もほとんど撮っておらず、とりあえず少しだけ買ったものを。

大阪の「とん蝶」。
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大阪で働いているときは知らなかったのですが、知る人ぞ知る大阪のソウルフードらしいです。夕方、飛行機に乗り込む前に、夕食代わりにいただきました。要するにおこわですね、はい。

それから、こちらは神戸っ子のソウルフード(?)、トミーズの「あん食」。
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食パンにあんこが練り込んであります。これがまた、郷愁をそそるようなお味。

あと、懐かしい三田屋のハムとドレッシング。
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T君の大阪在住だったお祖母さんがよく食べさせてくれたハムでした。



おしまい。(誕生月間はつづく……かな?)
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名残のバラ。
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東慶寺 再び [芸術・文化]

「駈込み女と駆出し男」を観てから、原作を読んでみようと思い、実際に読みました。


東慶寺花だより (文春文庫)

東慶寺花だより (文春文庫)

  • 作者: 井上 ひさし
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/05/10
  • メディア: 文庫


原作と映画とではやはり違うのですが、信次郎さんの語り口や駈込もうとする女性(原作では女性だけではないのだけど)の佇まいなどは、映画でもよく表現されていて、映画を観てから原作を読んで、機会があればもう一度映画を観るというのがいいのではないかと思わせるものでした。

とにかく原作のこの本も面白い。

東慶寺が縁切り寺であるということは昔から知っていましたが、駈込むその背景にあるものは全く知らなかったことでした。

縁切り寺であるということを面白おかしく捉えていただけで、その時代の習慣やしきたりなど全く念頭になく、「へえ~そうなんだ」という程度。

相変わらずの無知無教養ぶりが(笑)

映画の監督をされた原田眞人さんのコメントにこんなことが書かれていました。

「また小説では曖昧になっている時代背景を、天保の改革の真っただ中である天保十二年(1841)に設定した点に関して原田監督は「政府が強権発動したりするという意味で、今は天保の改革の頃と似ていると思います」と持論を展開。「本作では、そのような権力と戦う一般の人たちの心意気を描きたかったので、こういう時代設定にしました。そうした状況の中で虐げられた者たちが連帯し、それぞれが幸せをつかんでいくという話にしたかったのです」と熱い口調で語った。」(映画.com速報より)

確かに、原作のほうでは時代は曖昧です。でも、原田監督が「天保の改革」の頃と設定したことで、東慶寺で起こったことを映画に描くと、確かにピタッと納まるのです。

夫からの離縁状がなければ離婚ができないという時代というだけではなく、さまざまな禁止令が出された天保の改革。日本史が苦手な私は、映画のために天保の改革を調べてしまいましたよ^^;

なんというか、いままさに日本が陥っている社会情勢と、確かに似ていなくもない。

強権的という部分では、本当にね。

政治家が言うことは圧倒的に正しい……みたいな(笑)

もうね、最近の政治家(与党の皆)さんたちは、法律よりも自分たちが強くて正しいと思っているようですから、ホントに倒れそうになります。小学生でもおかしいとわかる頓珍漢なことを、平気で言ってのけるのがまったく怖い。

いやいや、いまの政府やお役人さんたち(天下りの人たちを含む)については、いろいろと語りたいことはあるのですが、長くなるし、あっちこっちに話が飛んでいくのでやめましょう。

で、虐げられた女性の最後の駆け込みどころとして存在した東慶寺。本の最後に井上ひさしさんが「東慶寺とは何だったのか」と話されたものが特別収録されています。

そのなかで、「アジール」について話されているのですが、もともとはギリシャ語で、日本語にすると「隠れ場所、聖域、尊い地域、保護区、治外法権の避難所」といった意味だそうです。

人類の歴史が始まった頃から、きっとそれぞれの地域に隠れ場所があったのではないかとおっしゃっているのですが、東慶寺もそういう役割を担ってきたと。

『「夫と別れたい」という妻たちのためにアジールであった』と井上ひさしさんは言います。

この時代、幕府が公認した女性救済のお寺は2つあったそうです。それは上州にある満徳寺と東慶寺。満徳寺は「縁切り寺」で、東慶寺は「駈け込み寺」だったそうです。

要は離縁したい女性のための「アジール」として機能していたわけですが、この時代に幕府公認でこういう場所があったということが面白く感じますし、「何々令」という法律だか何だかわかりませんが、そこから逃れられる装置を作らなければならないという法律に、そもそも瑕疵があるだろうと思うのですけどね^^;

そういう人類の営みにそぐわない法律には、自然とアジールというものが出来上がるのかもしれないなと、そんなことも思ったり。

映画に出てくる隠れキリシタンとか、「隠れ」と言われるくらいですものね。まさにアジールだと思います。

物語としては、そういう締め付けから始まる人の抵抗を表現するのは面白いわけで、小説にする題材としても「うまい!」と思いました。






実はこれを書き始めたときは、女性が受ける差別について文字を連ねたいと思っていたのですが、ちょっと変わってきてしまいました^^;

確かに幕府がやっていることは明らかに女性差別ですし、小説や映画に女性を蔑視している男性も多く登場します。

でも、小説、映画ともに最後は女性が幸せを掴むように描かれていて、粋な計らいみたいなものもあるし、読後感がよかったのですよ。女性の底力も感じられるその表現。素直に受け止められると思いました。



ただし、「女はいつの時代も強い」と、井上ひさしさん、解説の長部日出雄さんが書いているのですが、井上ひさしさんの言う「女は強い」と長部日出雄さんの言うそれはニュアンスが違うと思いました。

長部日出雄さんはあくまでも小説の解説だからだとは思いますが、結びに『だいぶ前に「戦後強くなったのが女性と靴下」という言葉が流行ったことがあったが、封建的とされる江戸時代からすでに、女性は十分強かったのだ。』と書かれています。う~む。言葉が足らない。ちゃんと小説を読んだのか? 井上ひさしさんの語ったことも読んだのか? という疑惑が残るという(笑)

一方、井上ひさしさんは、『大宅壮一さんの「戦後強くなったのは靴下と女性だ」という名言を聞いたとき、「ちょっと違うな」と思いました。女手一つで男の子三人を抱えて、昭和十四年からずーっとあんなひどい時代を生き抜いてきた母親を見て、「強いなあ」と思いましたし、そういう女性はほかにもたくさんいました。いまでも「大昔からずーっと女性は強かった」と思っています。
江戸時代も、普通に生きている庶民の女性は強い。女性が強いうのは当たり前で、それが正しい世の中のあり方ではないか。いっそ大臣も社長も全部女性になって、男性は家で近所の旦那さんたちとぺちゃくちゃお喋りをしたり、買い物に行ったり、とそういう時代を一回つくったらどうでしょうか。皮肉でもなんでもなくて、女性は男性ほど税金を悪用しないんじゃないか、会社や役所が不始末をしたときの謝り方も女性のほうが上手だろうと考えるからです。」と言っています。

作者と解説者という間柄ではありますが、二人の男性の感じ方の違いが何とも……これこそ皮肉。

本当にね。女性がたくさん社会に出れば世の中は変わると、私は思います。


蜂の一刺しがあったらなあ。



おしまい。
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東慶寺 [芸術・文化]

映画「駈込み女と駆出し男」を観てきました。

前評判がよく、大泉洋ちゃん主演だし、「これは観に行かなくては」と思って、昨日(少しお安い月曜日)に行ってきました。

くしくも恩師のお墓が東慶寺にあります。

先日、男の友人3人とお墓参りに行ってきましたが、そのとき「縁切り寺なんだよな」、「草履を放り込めば駈込みOKなんだっけ?」、「そういうの聞いたことがある」などと言いつつ、さらには……カップルで来ていた人たちを見て、「カップルで来ちゃいけないお寺だよな」と小声でつぶやいたりして、50を過ぎたへんてこりんな4人組は東慶寺を後にしたのでした。

そして、これもご縁と思って観てきた「駈込み女と駆出し男」。井上ひさしさんの「東慶寺花だより」が原作です。


あらすじはあっちこっちで書かれているので割愛します(……LIFE!のカッツアイを思い出してしまった^^;)。

端的に言うと、虐げられた女性たちが東慶寺に駆け込んで救われるという話です。

『駈込み女』が虐げられた女性たち。

『駆出し男』は、大泉洋さん演ずる「中村信次郎」です。なぜ駆出しかというと、見習いの医者であり、戯作者であるから。

駈込むにもいろんな理由があります。基本は離縁なので、男性側の今でいうDVなどを理由としたものが考えられます。ですが、この映画のエピソードとして語られる女性たちの駆け込みの理由はDVだけでなく、花魁の世界からの逃げだったり、両親への思いがあったり。

とくに私の印象に残ったのは、隠れキリシタンである女性のエピソードでした。

東慶寺のなかに、院代である「法秀尼」が籠れる隠し部屋があり、そこに密偵として侵入した女性「玉虫」がマリア像を見つけ、その部屋から動けなくなるというシーン。玉虫の為人がそこでわかるのですが、それまでの描かれ方を観てきて、それは切なくなるものでした。

なぜかマリア像を見ると、心をぐっと握られるような気持ちになってしまうのですが、このシーンを見ただけでもホロリと来てしまって。

江戸時代という時代背景も非常に考えさせられた映画でした。

洋ちゃんの巧妙な語り口も見ものですし、樹木希林さんやキムラ緑子さんの芸達者ぶりも見事でした。

戸田恵梨香さん、満島ひかりさんもいい役者さんです。

なかなかよくできた映画でした。

ただ、言葉でわかりづらい部分があって、都都逸のような語りもあるので、「うん? これはなに?」と思っているうちに話は進んでしまい、見落としたところもあるように思います。

とりあえず原作を読んでみて、もう一回見るというのもいいのかもと思っているところ。

オススメです。



こちらは恩師のお墓。
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木漏れ日が美しくて、いいところでした。



おしまい。




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町田市民文学館 [芸術・文化]

久しぶりに間隙をぬっての記事更新です^^;

古い話となってしまいますが、昨年の10月~12月にかけて、町田市民文学館ことばらんどで『尾辻克彦×赤瀬川原平-文学と美術の多面体-』が開催されていました。
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赤瀬川さんの千葉市美術館での展覧会と同時開催。

文学館の展覧会のオープンが一足先でしたが、私は千葉の展覧会を観てから、こちらへ足を運びました。

町田市立文学館は、町田市にゆかりのある作家の企画展を多く手掛けています。町田市玉川学園に住んでいた赤瀬川さんですので、そういった縁もあっての企画だったのだと思います。
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もちろん文学館なので、文学に関するものを網羅していました。

尾辻克彦の名で書かれた小説や、赤瀬川原平の名で書かれたエッセイの数々。こんなにたくさんの著作があったのかと少し驚きました。

結構、知っているつもりでしたが、知らない本もあって、心の中で「へぇ」の連発でした。

私が赤瀬川さんの書いた文章をまともに読んだのは、『純文学の素』が最初だったのではないかと思います。

純文学の素 (ちくま文庫)

純文学の素 (ちくま文庫)

  • 作者: 赤瀬川 原平
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1990/03
  • メディア: 文庫

絶版なのかな?

これは白夜書房で出していた「ウィークエンドスーパー」という雑誌で連載していたものでした。これを読んで、膝をポン! と叩いて、美学校に入ったのだと思います。記憶が曖昧ですが^^;

とにかく着眼点の面白さ、楽しさ。想像力だけではなく、見るものをどうとらえるかで、ずいぶんといろいろなことが違って見えてくるということを教えてもらったように思います。

実物の本を探そうと思ったのですが、我が家の本棚は激しく積み重なってしまっているので、発掘ができず……(笑)

この「純文学の素」。このようなタイトルをつけているところからして、きっと小説家としての赤瀬川さんの出発点ではなかったかと思います。素はこれ、という意味で。

そんなことをつらつらと考えながら。

またご自宅にある猫の置物なども展示されていて、懐かしい品々を眺めることができてよかったです。
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ご自宅の椅子も展示されていました(これは写真を撮っていいということだったので)。



その後、赤瀬川さんの企画展の次に開催された「常盤新平―遠いアメリカ―」も行ってきました。
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常盤新平さんは、晩年の約20年を町田市つくし野で過ごされていたそうです。この方も町田市にゆかりのある作家だったとはつゆ知らず。

常盤新平さんの小説は「遠いアメリカ」も読んでいますが、初めての出合は翻訳本でした。

遠いアメリカ (講談社文庫)

遠いアメリカ (講談社文庫)

  • 作者: 常盤 新平
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1989/08
  • メディア: 文庫



アーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」。

夏服を着た女たち

夏服を着た女たち

  • 作者: アーウィン・ショー
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1979/05
  • メディア: 単行本

この本を初めて読んで、その後、日本で出版されたアーウィン・ショーの翻訳本をほとんど読んだのではないかと思います。

アメリカ文学にハマったきっかけになった小説でした。

その前にサリンジャーは全部読んでいたと思いますが、現代のアメリカ文学に目覚めたのがこれだったと思います。

常盤新平さんの翻訳はとても読みやすくて、すっと頭に入ってきた印象があります。「夏服を着た女たち」というタイトルに惹かれて読み始めたのですが、おしゃれという言葉で表すと、それはちょっと違っていて、スマートという言葉がいいのかなあ。粋……でもないし、でも野暮ではない。

「アメリカ」という国で生活する人がどんな人々なのか、行ったこともないところに暮らす人々の日常をこの小説で知ったかのようでした。

常盤新平さんの翻訳も、そんなアメリカの姿を映し出すような小説が多くて、読みやすい文体も手伝って、ずいぶんと読んだように記憶します。

(我ながら、小説はかなりの量を読んでいるのですが、量が多すぎてどんな内容だったのか思うだそうにも、記憶の底のほうから引きずり出さなくてはならず、要するにあんまり覚えていないというのが実際……^^;)。

それからご本人の著作である「遠いアメリカ」につながっていくのですが。

これを読んで、常盤新平さんの為人を知り、本人の著作も好きになったんだと思います。

この企画展に行ってまた初めて知ったことは、常盤さんの担当編集者が坪内祐三さんだった……ということでした。

週刊誌などで書評をたくさん書かれている坪内祐三さんですが、いつもいいチョイスをしてくれる人なので、「なるほど」と思った次第でした。




この町田市立文学館の企画展を2つ立て続けに見て思ったこと。

それは自分はつくづく本が好きなんだということ(笑)

たくさんの文字(活字)を見て、こんなにわくわくするなんて。それも好きな作家の文章に触れられる気持ちのよさ。

たまりませんでした。




やっぱり芸術や文化に触れるって楽しいですね~。

もう老い先が短くなりつつあるわけですから、人に遠慮しないで、これからはどんどんと観に(見に)行こうと思いました。感激をするって大切なことだわと。



そんな文学企画展の2つでした。

おしまい。



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ようやく行けた美術展 [芸術・文化]

昨年末から行きたい行きたいと思っていた美術展。ところが、11月の終わり頃から義母の調子が悪く、そうそう……このときも救急車に乗って病院に行っていたのでした(何回救急車を呼んでいるのやら)。

退院後も、オットT君の実家へ義母の様子を見に行かなくてはいけない日が続いて、行きたくても行けなかったのでした。

赤瀬川さんの展覧会、荒木さんの写真展、ナンシー関さんの回顧展に続き、東京国立近代美術館で開催されている「高松次郎ミステリーズ」。ようやく行ってきました。

義母もショートステイを始めて、呼び出しを食らうこともなかろうと。天気もいいし、いま行かないでいつ行く? という日和りです。

最寄りの竹橋駅で下車して、とことこと歩いて行きました。

竹橋。
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住所表示が細かいと言っちゃ細かいけど、まとめて表示しているところは雑(笑)
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そして近代美術館。
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高松次郎さんといえば、赤瀬川原平さん、中西夏之さんと一緒に行動をしていた「ハイレッドセンター」で有名かと思います。

ハイレッドセンターについてはこちら→

赤瀬川原平ときたから、高松次郎か? という感じですが、私のなかでは非常に思い出深く。

美術系の短大を卒業するとき、就職を選ばずに、もっと芸術に触れていたいということがありました。いやいや、家庭の状況を見れば、早く就職しろよ……という感じではあったのですが、いわゆるモラトリアムというやつですね^^;

芸術家になんてなれるわけがない、と心の中で思っていながらも、できれば近いところにいたいという気持ちが勝っていて、もう少し学びたいと思い悩んでいました。

そのときの選択肢が、赤瀬川さんのいる「美学校」か、高松さんのいる「Bゼミスクール」か、そのどちらかでした。

ざっくりと説明をすれば、60年代、70年代の前衛芸術を牽引してきた人たちです。

そして短大を卒業する頃といえば、80年代初め、前衛芸術というより、「軽薄短小」「おいしい生活」「ヘンタイよい子」というような時代。前衛芸術より、こちらだろうという風潮。

高松さんより、赤瀬川さんかなあ……と悩み、結局、学費の安かった美学校を選んだということがありました。

Bゼミは高かったんですよ;; 学費をアルバイトで稼がなくてはいけなくて、自分の力で支払えるのは美学校のほうだろうと。ちょい、軟弱なのでした……。

あの頃、Bゼミのほうに行っていたら、自分はどうなっていただろうなあ、と少し遠い目になります。

そんな思い出深い高松次郎さんの美術展。

感想を一言で言えば、ものすごく楽しかった!!! 行ってよかった!!! もう一回行きたい!

一言じゃないですね(笑)

作品は一言では説明できません。観念的だけど情緒的。思考を深く深く巡らすところは非常に哲学的なのだけれど、芸術家です。それを表現するとなるとどうなるのか。それが作品に明らかに反映されていて、メモなどを見ると、その説明している言葉の一つひとつがとても面白くて。見れば見るほど共感を覚えます(共感を覚える人は少ないかもしれないけれど、私はとても共感したし楽しくて仕方がなかった^^)。

影シリーズでは、写真撮影が可能でしたので、いくつか撮ってきました。

影は決して後ろについてくるというわけではない。(この影は私の影です)。
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影はあるけれど、モデルは不在。(この影も私です)。
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影発生装置……って言ったらいいのか? 椅子の影を発生させた作品。
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高松次郎4.jpg


この影シリーズの考え方は大変興味深く、楽しく鑑賞できました。

購入してきた図録「Takamatshu Jiro: Mysteries」には、高松さんのこんな言葉はありました。

「影を(影だけを)人工的に作ることによって、ぼくはまず、この実体の世界の消却から始めました。(それはあくまでも消却=不在化であって<超越>ではありません。)この世界の中で<完璧性>を追求するために、それは最も素朴でストレートな方法だろうと思います。しかし、そこで問題になるのは、いうまでもなく、この世界そのものが枠になるということです。実在とは無関係な不在はなくとも、より純粋な不在というものはあると思います。ぼくがこれからしなければならないことは、実在性からどこまで遠くへ行けるかという実験でなければなりません。その仕事には、完成への収斂はあっても、決して到達がないことは承知のうえです。」(「影だけを」と「純粋な不在」に強調の圏点あり)。

これは60年代に記された文章のようです。

このなかの「素朴でストレートな方法だろうと思う」というところに、突き詰めていく方向性があって、その手法に実に共感を覚えたのです。それが影である、と。

すごく深く思考していった結果の作品と思うと、また感慨深くて、面白いです。

思考の深みのはまり方も、メモを見ると想像ができるので、深みにはまっていくイメージをするだけでも面白さが増しました。

いい物を見させてもらった、の一言。

最後に、高松さんと一緒に写真が撮れるコーナーがありました。これはユーモアだなあ。

サングラスをかけて、
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ご一緒すると^^
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楽しい。




この帰り道。日本橋駅で降りて三越に向かう途中で「うさぎや」があったので、どら焼きを購入。ここのどら焼きは買ったことがなかったので、足が止まってしまいました^^;

そしてこれ。
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美味しくいただきました。




おしまい。
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誕生月間終了~展覧会の話 [芸術・文化]

誕生月間は終了~! いろいろとイベントを用意し、盛りだくさんの11月でした。
ゴルフには行っていないけど^^;

そして今回の誕生月間は前記事のキヨシロー、赤瀬川さんの展覧会を含め、いくつか展覧会に足を延ばし、とても楽しく過ごしました。

最後に行ったのはこちらの展覧会。
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行われたのは、あの懐かしの渋谷パルコのなかにあるギャラリーでした。
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私にとって渋谷は鬼門なので、あまり行きたくない場所ではあるのですが、とても好きだったナンシーさんの展覧会とあれば行かないわけにはいきません(以下、敬称略)。

これまで写真撮影不可が多かった展覧会も、最近では撮影可の場所が増えてきました。

ということで、ナンシーの展覧会で写真が撮れたのはこれ。
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「馬場かよ」……って突っ込みの声が聞こえてきそうですが(笑)

こんな展示も。
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さあ、誰でしょう?

亡き人の作品展示は、その企画者(キュレーター含む)の手腕にかかっていると思うのですが……たとえばコンセプトとか、メインとするものとか。

前記事でキヨシローの残念な展覧会に対して、ナンシー関の「顔面遊園地~ナンシー関 消しゴムの鬼~」はよくできていました。素晴らしかった。

これは町山広美さんが手がけられていて、ナンシーと友人関係にあり、ずいぶんと対談もしていたと思います。共著もありますね。

そんな人が企画し、展示に携わったからでしょう。ナンシーの文章(名言)を抜き取った垂れ幕のようなものが、展示されていたのですが、それがいちいち面白い。いいところを抜き出していると感じました。

また消しゴムの分類も秀逸で、これはナンシーのことがわかってないとできないと感心しました。

うまい! の一言。いい展覧会でした。

ついでを言えば、渋谷パルコという場所。その文化的背景が、実にナンシー関とマッチしている。キヨシローの宝塚と違って、渋谷はピッタリな感じ。

はじめナンシーのこの展覧会は大阪で行われました。そのとき、やっぱり「なんで大阪?」と思ったものです。果たして大阪での評価というのはどうだったのでしょうか。観に行っていないので、こればっかりはわかりませんが。

今回の渋谷での展示風景はこちらで見られます。→

好きだった丁稚。
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そして12月。師走となったときに行ってきたのは、資生堂ギャラリーで行われている荒木経惟さんの写真展です。
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目を凝らしてみると、着ぶくれした私も写っていますが(笑)

「荒木経惟 往生写集-東ノ空・PARADISE」と題された写真展。
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荒木さんのいまの心象が写しだされているかのような写真の数々でした。

こちらは太っ腹で、すべて撮影可。

この展示が素晴らしい。
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(パノラマ写真はクリックすると大きくなります)

ギャラリーの壁にもう一枚壁を作って、窓枠をはめているのです。その窓枠に空の写真を収めて、地上の写真はその下にマウントせずに貼り付けています。

素晴らしいと思ったのは、この窓枠の位置。まるで本当に空を見上げるような位置に空の写真があるのです。

この写真(空)を見上げるという動作が、なんだかとても感動を呼び起こすわけで、じわーっと心に染み入ってきました。

「ああ、荒木さんは、いまこんな心境なんだ」と。

これは現場に行って観ないとわからないと思います。

もう一つはカラーの写真の数々で、耽美な印象を受けるもの。
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つくづく芸術家である荒木経惟を感じました。

こういう、いま生きている人の写真展というのはご本人の意向がはっきりとしていて、観るほうも、その才能をダイレクトに受け取ることができます。

これは生きたもん勝ちという気がしないでもありませんが、本人が選択できる強みというものがあるのでしょうね。亡き人の展覧会については、本当に企画者の解釈だったり器だったり、そんなことで出来上がりが左右されるという、何とも致し方ない現実があると。

今回、キヨシロー、ナンシー、アラーキーの展覧会に行って、しみじみと感じたことでした。


芸術の秋でもありましたわ~。あんまりアカデミックではないですが^^;


あ、そうだ。赤瀬川さんの町田市立文学館で行われている展覧会にも行っていました。
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こちらは、改めて次回に。


おわりです。
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