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地位ある人の言葉 [言葉]

夫T君に朝、「あんたはTシャツ一枚で過ごせるからいいよな~」と言われる。その後T君はポロシャツにコットンのジャケットを来て会社に出かけていった。

うーん、ま、私はそういう身分ということで(笑)

だけどね、どんとお金が稼げるようなガッツリ取り組める仕事をしたいものだよ、とも思っている。

しかし諦めにも近いものがあって、昔、いくら頑張って働いていても、男性と同じ報酬は得られなかったんだ。男性以上に働いているっていう状況でも。

はたまた正社員と全く同じ仕事をしていても、採用の違いから、低い報酬しか得られなかったこともあった。あの頃の上司である事務長はいつも申し訳なさそうな顔をしていたけれど…。いまの派遣社員や、請け負いもそうなんだろうなあ。全然変わらない。




さて、ずっと書こうかどうしようかと思っていたことがある。

三宅一生さんの寄稿文について。

三宅氏はオバマ大統領の就任、そしてその演説によって、いままで語ろうとはしなかったことを、7月14日付けのニューヨーク・タイムズへ寄稿している。

その報に接して、寄稿の全文を日本語に翻訳したものを探したけれど、どこにも見つからず、要約した新聞記事やネットの記事だけしかなかった。(つくづく思うがこういうときのネットというのは全くダメダ。ニューヨーク・タイムズの原文は見つけたけど、翻訳する力が私には全くない_| ̄|○ il||li )

しかし要約されたものは前後がカットされるために、真意を図りかねるため、とにかく全文が読みたいと思っていた。

すると、7月16日付けの朝日新聞の「オピニオン」という欄で全文が掲載された(やっと読めた)。

なぜ三宅氏が寄稿したかというと、今年4月にプラハで行ったオバマ大統領の演説が、三宅氏を突き動かしたということだ。

『大統領の演説は、私も「閃光」を経験した一人として発言すべきであるということ、自身の同義的な責任ということを、かつてなく重く受け止めるきっかけになりました。』とある。

つまりオバマ大統領がプラハで「核兵器のない世界を目指すと約束」したことに対し、三宅氏は自身の責任を果たさなければならないと感じたわけだ。

『1945年8月6日、私の故郷の広島に原爆が投下されました。当時、私は7歳。目を閉じれば今も、想像を絶する光景が浮かびます。炸裂した真っ赤な光、直後にわき上った黒い雲、逃げまどう人々……。すべてを覚えています。母はそれから3年もたたないうちに、被爆の影響で亡くなりました。』

イッセイ・ミヤケといえば世界的に有名なデザイナーである。こういう人は新しいデザインの洋服を発表することで自身の思いを表現してきていたんだと思う。であるからか…この人の発言というのは聞いたことがなかった。ましてや被爆者であることも全く知らなかったことである。

なぜ被爆していることを発言してこなかったかというと…
『服づくりのしごとを始めてからも、「原爆を経験したデザイナー」と安易にくくられてしまうことを避けようと、広島について聞かれることにずっと抵抗がありました。』と言っている。

利用されたくないという気持ちが強かったんだろう。

でも……。
『しかし今こそ、核兵器廃絶への声を一つに集めるときだと思います。広島市内では現在、8月6日の平和祈念へオバマ大統領をご招待したいという市民たちの声が高まっています。私もその日が来るのを心から願っています。
それは過去にこだわっているからではありません。そうではなく、未来の核戦争の芽を摘むことが大統領の目標である、と世界中に伝えるには最上の方策と思うからです。』

これは三宅氏だから言えることであって、一般の市民が言えることではない。だから三宅氏は寄稿したのだと思った。

ただこの全文を読んでわかったことは、これはアメリカ国民に向けての発言だということ。『過去にこだわっているからではありません』という行は、日本人に言ったってしょうがないことだから。

なるほど、と思った。

『先週(7月6日のこと)、ロシアと米国が核兵器の削減で合意しました。非常に重要なひとつのステップです。ただ、楽観してばかりもいられません。一個人、一国の力だけで核戦争を止めるのは不可能です。他にも、核のテクノロジーを手に入れている国々があると聞いています。世界中の人々が声をあげて、平和への望みを表明しなければなりません。』

なんだかね、こうやって三宅氏の言葉をキーボードで打っていると、アメリカ人って何にも知らないんだろうなって雰囲気が伝わってくる。こんなに平たく言ってもなかなか伝わりはしないんだろうな。

最後に、
『オバマ大統領が、広島の平和大橋(彫刻家イサム・ノグチが自身の東西のきずなへの証しとして、さらに人類が憎しみから行ったことを忘れないための証しとしてデザインした橋)を渡る時、それは核の脅威のない世界への、現実的でシンボリックな第一歩となることでしょう。そこから踏み出されるすべての歩みが、世界平和への着実な一歩となっていくと信じています。』と結んでいる。

長々と書いているが、私はこれは勇気ある発言だと思っている。エルサレム賞での村上春樹氏の発言も勇気あるものと思ったけれど、ある程度の地位を確立した人によるこういった発言は貴重であり、重みのあるものだ。

それをしっかりと受け止めたいと私は思うんだ。

これは地位を確立している人だからできる、プリンシプルのある発言といえる。思うに、それができる人は果たしてどのくらいいるんだろうかということ。

言える立場にあっても言わないのは「ずるい」と思う。

また受け止める土台もしっかりと作らないといけない。となると教育の問題になるんだろうけどね。


少し話が変わるが、クレイジーケンバンドの横山剣さんが、憲法第9条をもとにした歌を作ったことがあった。日本の憲法はアメリカが作ってくれたようなものだけど、今のアメリカはどうなの?…という歌だ。あ、誤解を招いてはいけないな。「アメリカン・ドリーム」という曲なんだけど、全く政治色はない。

ここで剣さんは、平和を望んでいることを歌いたいだけだったのだと思うのだが、「剣さんがこんな歌を歌うとは思わなかった」という意見が寄せられたらしい。

そのために剣さんは「そんなわけではないんだけど…」といいつつ、あまりこの曲をライヴでやらなくなった。

私は剣さんがこれを歌ったときは「すごいな」と思った。トンチキでしょうもないオヤジがいきなり歌いだしたから。勇気ある。

もともと剣さんは、娘に向かって歌っているような曲があって、「いつもいつの日も、たとえ何があっても君たちを守ってやりたい♪」と歌ってしまう人だから、そういう気持ちを持っている人なのだ。

だけど、それを批判するってどうなんだろうと思う。

言論の自由ってもんじゃないのかな。剣さんだから歌える歌っていうのがあるんじゃないのかな。

そのとき、そんなことを思ったんだけど。



少々長くなってしまいましたが、要するに地位ある人の言葉というのは重くもあり、伝わりやすくもあり。だからこそ、しっかりとした発言であるならば、しっかりと受け止めようよ、ということ。

そして、地位ある人は、一般市民がこのように言葉を受け止めるのだから、しっかりとした発言、ことさら勇気ある発言をしてくださいね、ということだ。責任を果たして欲しいと思う。




最後に、以前も書いたけれど、アーサー・ビナード氏のエッセイに書かれていたインドのことわざを…。

『包丁がメロンの上に落ちても メロンが包丁の上に落ちても 切られるのはメロンだ』


おしまい。
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もりけん

同感です。ただ、今、何も知らないのは、日本人も同じではないかと思いますが…。
by もりけん (2009-07-29 17:11) 

toro

*もりけんさま*
日本人も同じなんでしょうね…。
残念なのは、三宅一生氏のこの寄稿があまり報道されなかったことです。
8月6日が近づくと増えるのかもしれませんが。
by toro (2009-07-30 07:48) 

nakasama

三宅一生さんの報道はTVで聞きましたよ〜、
何故今なんだろう?もっと早くに・・・とそのときは思っちゃいましたが・・・。
世界中がせーの!で核を廃絶することが出来るといいのにね、核を持ってる国々の間ででそんな話をしていても、なかなか具体的な話が聞こえてこないです。
オバマ大統領頑、張って欲しいですね。
by nakasama (2009-07-30 17:31) 

めりっさ

こと国際間の問題に関しては、被害国の感情に対して、他国は無関心、無理解なことが多いですね。(たとえ加害国そのものであっても)。だから、被害を受けた国の国民はその感情を訴え続けて行かなければならないのですね…。
中国や韓国の人達は、先の大戦での日本の支配に対し、やはり同じような気持ちで訴え続けていらっしゃるのだと思いますし…。
戦争ほど、人を傷つけ殺す行為は他にはありません。
あまりに政治的に語られてしまう「戦争」や「原爆」の問題…、もっとシンプルに「人を殺してはいけない」という立場に、世界中の人が立ち返ることが出来たらいいのにと、つくづく思います。
by めりっさ (2009-07-31 06:16) 

こぎん

全然知らなかったな~、広島出身だったんだ。
いろんなメディアがあるのだけど、テレビは・・・身近だし手軽だし、
もっと見直してほしいな~と思うことがあります。
靴下はかないオヤジが子どもより若い娘と結婚しよ~が別れようが・・・どうでもいいことばっかり繰り返されるより、
もっと人として考えないとならないこと・・・NHK、教育的でなく、
いっぱい知らせてほし~な。

で、オバマ氏は来るの?? ^^;
by こぎん (2009-07-31 09:21) 

toro

*nakasamaさま*
人が人を傷つける、人が人を殺してしまう…意味がわかりません。
とくに核を使っての大量殺戮を考える事自体がさっぱり理解できません^^;
武器で力を示すって…弱い人間のすることだよなと思います。
オバマさん、頑張って欲しいですけどね…。
でもアフガニスタンは…_| ̄|○ il||li

*めりっささま*
力でねじ伏せるっていうことは、人を全く尊重していないってことですよね。
人を大事にできない…なんでなんだろう。
本当にシンプルに物を考えれば、わかることだろうにと思いますよー。
信じるものの違いというのがあるのでしょうが、生きている人は皆同じ
なんですからね~。
そうか…シンプルに物が考えられないほど、頭が悪くなっているとも
いえるかもしれないですね^^;

*こぎんさま*
マスコミはすっかり本業を忘れていますよね。
つくづく言論の不自由なメディアばかりになってしまったなと…。

オバマさんは来るのかどうかはわかりませんが、今年の広島の平和祈念
式典に出席する各国要人は、過去最多だそうです。
by toro (2009-08-03 08:19) 

ケイクス

私も三宅さんのこと、新聞で知りました。
今まで全く触れなかったのは
やはり彼にとってそれほど重い経験だったからでしょうね。
そう思うと、オバマ大統領が三宅さんの思いに
答えて欲しいと思う。。。
でも政治ってそう理想主義的には動かないよね。。
いろんな国のいろんな思惑が絡まってるから。。
ちょっぴり悲観的です(^^;;
by ケイクス (2009-08-04 22:33) 

toro

*ケイクスさま*
結局、アメリカさんは式典には出席しないようですね。
民間人で出席される人はいるようですが、国内で批判されたようで、
それも何だかな~と思っています。「謝罪するべきではない」とかなんとか。
よくわかりません。

そうですね…悲観的にもなりますよね。
もう、何だかな~と思うことが多すぎて;;
by toro (2009-08-06 07:56) 

mamire

私もこの報道みましたよ。
同じ過ちは二度と繰り返してはいけないってこと、もっと大きな声でいわなくちゃいけないよね。
まだ、広島には行った事がないのだけれど、生きているうちに一回はたずねて見たいと思います。
by mamire (2009-08-11 21:12) 

toro

*mamireさま*
麻生某が、原爆の日にどうしようもない発言を繰り返したみたいで、
くらくらしてしまいました。
広島も長崎も2回行っていますが、やはり一度は訪れてみる必要は
あるかもしれないと思います。行かないとわからないことがありますから…。
うちの亡き父は、「娘を広島へは行かせたくない」と言っていたそうです。
あまりに悲惨だから…。でも行ってよかったと、私は思っています。
by toro (2009-08-12 16:24) 

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